ことばブログ

吃音を中心に、「ことば」について心理言語学や認知神経科学の立場からいろいろなことを考えています。

最近の吃音界隈に思うこと -吃音は発達障害か -

今日は吃音と発達障害について。

 

ここ数年「吃音は発達障害か」という議論が当事者や治療者の間でなされている。

 

これについては色々な立場の人が様々な意見を述べているが、法的には発達障害の1つ、でも当事者の中にはそれに違和感や不快感を覚えている方が少なくない、というのが現状ではないだろうか。

 

この記事では

①そもそも発達障害とは? 発達障害の定義と種類

②制度・枠組の中での吃音の扱い

③臨床的観点から見た発達障害と吃音

神経科学的に見た発達障害と吃音

⑤吃音は発達障害か?

 

という5つのセクションから「吃音は発達障害か?」という問題を考えてみたい。

 

  

①そもそも発達障害とは?

吃音が発達障害であるかを議論するには、一先ず発達障害の定義を抑えておく必要がある。

 

名称や定義は基準にするものにより多少異なるので、ここではDSM-5とICD-10について言及したい。

 

まずDSM-5とは「精神障害の診断と統計マニュアル」というアメリカ精神医学会により作成された、精神障害の操作的診断基準である。

 

このDSM-5では発達障害は「神経発達障害/症」とされ、

 

『典型的には学童期以前に出現する,通常の発達とは異なることで特徴づけられ,そのために日常生活や社会生活の困難をきたす状態』

 

と定義されている。

 

このDSM-5の「神経発達障害/症」は下記のように細分化されている。

 

https://www.melcare.jp/ より

 

一方ICD-10「疾病および関連保健問題の国際統計分類」は精神障害に限らない疾病や死因の国際的な統計基準であり、世界保健機関(WHO)が公表している。

 

このICD-10では発達障害は「心理的発達の障害」と「小児〈児童〉期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害」に該当する。

 

ICD-10の下位分類はDSM-5よりもかなり細かいのでここでは割愛する。

 

 

いずれの基準からも言えることは、発達障害とは成長の過程で神経系の発達の不具合が生じ、その結果として知能・言語・社会性・運動などの能力に偏りが生じてしまい、生活する上で不都合が生じている状態ということだ。

 

 

 

②制度・枠組みの中での吃音の扱い

では医学的な診断基準の枠組みや日本の法の中では吃音はどのように扱われているのだろうか。

 

【医学的診断基準における吃音】

ここでは医学的診断基準として前述のDSM-5とICD-10を取り上げる。

 

上記の通り、吃音は

 

神経発達障害>コミュニケーション障害>吃音・小児期発生の流暢性障害

 

と分類されている。

 

吃音だけではなく「小児期発生の流暢性障害 」となっているのは早口言語症(クラタリング)も含まれているからである。

 

一方ICD-10では 

 

精神及び行動の障害>小児〈児童〉期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害>小児〈児童〉期及び青年期に通常発症するその他の行動及び情緒の障害>吃音

 

 と分類されている。

 

つまり、いずれの医学的診断基準においても吃音は発達障害の1つに分類されているのである。

 

【法における吃音】

では、現行の日本の法の中ではどのような扱いになっているのだろうか。

 

現在日本では、吃音は発達障害者支援法」に含まれている。

 

おそらくこのことが当事者の間で「吃音は発達障害か?」という議論を活発化させたのだろう。

 

ちなみにこの発達障害者支援法に基づけば、吃音者は一般に発達障害と呼ばれる自閉症スペクトラム症や注意欠陥多動性障害学習障害などと同様に社会保障や合理的配慮が受けられるとのことだ。

 

近年吃音者に対する合理的配慮の必要性が叫ばれている背景にもこの法律の存在があるのだろう。

 

吃音がこの法律の枠組みに含まれている、つまり吃音が発達障害として扱われている理由は、おそらく前述のDSM-5やICD-10といった国際基準で発達障害に含まれているからだろう。

 

 

 

③臨床的観点から見た発達障害と吃音

ここまでは定義や制度の中での吃音と発達障害について述べてきた。では臨床的観点からたらどうなのか。

 

吃音の発達障害については職場のボスが詳しいので記事にするのも気がひけるが・・・笑

 

臨床的観点から考えた時に、まず言えることは吃音とその他の発達障害の併発率は高いということだ。

 

富里ら(2016)によると、大学病院耳鼻咽喉科を受診し吃音と診断された者のうち、18%に発達障害及び言語発達障害の併存、その疑いがみられたようだ(1)。

 

一般に発達障害の有病率は0.1-1%とされており、この数値は極めて高いと言える。

 

著者らも言及している通り、この18%と1%という数値を直接比較することはナンセンスかもしれない。

 

また病院を受診しているというバイアスがかかっている可能性も十分あり得るので、この結果から「吃音とその他の発達障害の併発率は高い」と断言することは難しい。

 

しかし重要なデータであることは間違い無いだろう。

 

また、ASDダウン症などの発達障害を持つ人の中には吃音様の発話の非流暢性、また吃音にも見られる抑揚の平板化やダウンステップの消失などのプロソディ特徴を示すケースがある。(2)(3)(4)

 

吃音とはやや異なる性質のものもあるが、発話の非流暢性が吃音特有のものではないということは言えるだろう。

 

 

 

神経科学的にみた発達障害と吃音

ASDADHDの原因は吃音と同様に、未だその詳細は明らかとなっていない。

 

しかし、幼少期から脳の構造、特に灰白質の発達過程の異常や、脳領域間の過剰な結合などが観察されている。

 

また、ASDについては社会性の障害と言われるが、相貌認知に関わるとされる脳領域や他者との共感などに関係するとされるいわゆる社会脳と言われる部分の構造・機能にも特異性があることが明らかとなっている(5)(6)。

 

前述の通りASDなどの発達障害は成長過程において生じる神経系の発達に不具合が原因である可能性が高いとされれていることから、DSM-5では「神経発達障害/症」とされているのだろう。

 

では吃音はどうか。

 

過去に吃音と脳の関係について触れたことがあるが、今のところ多くの研究者の間で吃音の原因は脳にあるだろうという見解が一致している。

 

現在に至るまでに数多くの脳画像研究が行われ、それらの研究を統合し統計的に分析するメタ分析でも、脳活動についてはある程度一貫した特性が示されている(7)。

 

ただ、構造と機能のいずれの研究についてもその多くは成人を対象としたものであり、これらの知見は長年の吃音による結果であるという解釈もできる。

 

しかし近年、子どもを対象とした脳画像研究が少しずつ行われるようになってきた(8)(9)。

 

吃音が発達障害であるかどうかを考えるのに紹介したい論文がChow(2017)である(10)。

 

この研究は3歳から10歳の吃音児52名、非吃音児45名を対象に長期に渡り定期的に拡散テンソル画像(DTI)の撮像を行い、吃音が治癒していった群・吃音が残った群・非吃音児の3群で脳の白質の発達過程を比較した研究である。

 

白質の発達過程の指標にはFA値というものを使用しており、このFA値というのはDTIから得られる指標の1つで、拡散異方性の程度を表す。

 

この値は0-1の間の数値を取り、脳脊髄液といった液体のように水が自由に拡散できるな所では0に、白質のように拡散が制限される場所では1に近い値となる。

 

この研究によると、初回のDTI撮像時の比較では吃音児は非吃音児に比して弓状束と脳梁のFA値が低く、また吃音が治癒していった群は発達に伴いFA値が非吃音児に近づいていくことが示されている。

 

つまり、吃音の治癒には脳の神経束の発達が関与しているということである。

 

途中でドロップアウトしている児もいるが、吃音児35名と非吃音児43名分のデータが最終的な撮像まで得られているので、研究の質としては非常に高いと言える。

 

このことから、脳の異常は吃音の経験によるものというよりも、その発症に大きく関与している可能性が高いと言えるだろう。

 

※弓状束:大脳左半球の2つの言語野(ブローカ野・ウェルニッケ野)を繋ぐ神経の束

脳梁:左右の大脳半球を繋ぐ神経の束

 

 

 

⑤吃音は発達障害か?

ここまで様々な側面から発達障害と吃音についてざっくりではあるがまとめてきた。

 

では結局のところ吃音は発達障害なのか。個人的な意見はYESである。

 

まず前述の通りASDADHDといったいわゆる狭義の発達障害と吃音の併発率は高いとされている。

 

ASDADHD、また学習障害などはそれぞれの症状を併せ持つケースが少なくない。

 

これはおそらく脳の構造・機能異常が局所的ではなく、また認知・言語・社会性といった高次機能にインタラクションがあるからであろう。

 

吃音は発達障害ではない、という意見の中には、吃音は発話の流暢性の障害であり、他の発達障害とは症状のモダリティが異なる、というものがあるがある。そのためか吃音は「発話障害」とされることも多い。

 

一般に発達障害というと、社会性や注意、情動、知能などに異種性があるというイメージがあるため、吃音は滑らかに話せない障害とすると同じ括りに入ることに違和感がある人も多いだろうが、そもそも吃音の問題が発話の非流暢性、つまり吃ることだけであるとは言い切れない

 

顕著に表面化しているものが発話の非流暢性というだけで、その背景には他の高次機能の障害がある可能性は十分にある。

 

後に記事にするが、実際に吃音者は発話を伴わない言語処理や聴覚情報処理に特異性が見られることも多くの研究で示されている。

 

もちろん、発話運動単独の問題である場合もあるだろうが。

 

また、ASDダウン症患者の症状として、発話の非流暢性が見られる場合もある。

 

これは質的に吃音と異なるものもあるが、吃音と同様の所見もある。

 

しかし、ASDの場合は社会性の問題が顕著であるために「社会性の障害」とされ、ダウン症は知的発達の遅れが顕著であるから「精神発達遅滞」と言われる。

 

吃音を「発話障害」とするのもこれと同じで、様々な側面に問題はあるが、その中で最も顕著で特徴的なものが発話の流暢性であるから、と言うこともできるのではないだろうか。

 

互いに症状が重なり合う場合があるという点でみれば吃音を発達障害の1つとみなしても不思議ではないと私は思う。

 

また、発達障害を成長の過程で神経系の発達の不具合が生じ、その結果として知能・言語・社会性・運動などの能力に偏りが生じてしまい、生活する上で不都合が生じている状態、と考え、Chow(2017)の結果等を踏まえると、神経の発達異常により生じる吃音は「神経発達障害/症」と言えるのではないか

 

当然、まだ研究は多くないため断言はできないが、吃音が脳の発達過程において生じる障害であるならば、発達障害の括りに入るだろう。

 

当事者の多くが吃音が発達障害であるとみなされることに違和感を覚えたり否定的である理由には、恐らく社会的な不利益を被る可能性があることも含まれるだろう。

 

よくない表現かもしれないが、吃音が発達障害であるとなると、吃音当事者は発達障害者とみなされる、これが嫌なのだろう。

 

そう思うことが悪いとは言わないし、社会的背景を鑑みると仕方のないことなのかもしれない。

 

しかし、吃音が発達障害者支援法に含まれることで支援を受けることができている当事者もいるわけで、悪いことだけではない。

 

また、支援や治療という観点でも狭義の発達障害を参考にすべきところはある。

 

ASDADHDの詳細がメカニズムは明らかになっておらず、根本的な治療法もない。

 

これは吃音も同じである。

 

しかしASDADHDについては幼少期の療育から環境調整・カウンセリング・2次障害の予防や緩和・社会的支援等、少しでも生きやすくなるよう様々な支援が行われている。

 

今でこそ少ないが、かつて吃音については「治らないから治療は無駄」という風潮があった。

 

これは未だに散見される。

 

しかし症状を軽減させることや2次障害を予防・緩和することは可能であり、狭義の発達障害と同じ枠組みで支援をすることができるはずだ。

 

ここまで色々と書いてきたが、以前から述べているように吃音にも様々なタイプがあり、純粋な発話運動のみの障害の場合もあれば、より複合的な要因による場合もあるのではないかと思う。

 

なので一概に吃音が発達障害であると言い切ることはできないしすべきではないと思うが、臨床像や神経科学的に見たときにいわゆる発達障害と重なる点は多く、これらの観点からすると私は吃音は発達障害であると考えている。

 

ただ別に私は吃音は発達障害であるべきだ!と思っているわけではなく、複合的な視点で見たときにそう考えるのも一理あるのではないかと思っているだけである。

 

 

 

-まとめ-

発達障害は神経発達の異常により生じる能力の偏り

・医学的診断基準では吃音はASDADHD同様に発達障害に含まれている

・日本では、吃音は「発達障害者支援法」の対象となっている

・吃音者はASDADHDなどの発達障害を併発している割合が高い

ASDダウン症にも吃音と似た発話特徴が見られる場合がある

ASDADHDが中枢神経系の異常によるものであることを示すエビデンスは多数ある

・吃音においても中枢神経系の発達異常は幼少期から見られる

ASDADHD学習障害といった狭義の発達障害もその臨床所見は多岐にわたり、顕著で特徴的な症状が異なるもののそのオーバーラップは大きい

・吃音も発話の非流暢性が目立つだけで、他の側面にも問題がある可能性は十分にある

・吃音が中枢神経系の発達異常によるものであり、他の発達障害とのオーバーラップを考えると吃音は発達障害であると考えられるのではないか

 

 

 

- 引用 -

(1) Tomisato Shuta, Oishi Naoki, Asano Kazumi, Watanabe Yoshihiro, and  

    Ogawa Kaoru. “Developmental Disability and Psychiatric Conditions in 39        Patients with Stuttering.” The Japan Journal of Logopedics and        

    Phoniatrics 57, no. 1 (2016): 7–11. 

(2) McCann, Joanne, and Sue Peppé. “Prosody in Autism Spectrum   

     Disorders: A Critical Review.” International Journal of Language & 

     Communication Disorders 38, no. 4 (2003): 325–50. 

(3) Fosnot, Susan Meyers, and S. Jun. “Prosodic Characteristics in Children  

     with Stuttering or Autism during Reading and Imitation.” In Proceedings  

     of the 14th International Congress of Phonetic Sciences, 1925–1928,       

     1999.

(4 )Bergmann, Günther. “Studies in Stuttering as a Prosodic Disturbance.” 

     Journal of Speech, Language, and Hearing Research 29, no. 3 (1986): 

     290–300.

(5) Philip, Ruth C.M., Maria R. Dauvermann, Heather C. Whalley, Katie 

     Baynham, Stephen M. Lawrie, and Andrew C. Stanfield. “A Systematic 

     Review and Meta-Analysis of the FMRI Investigation of Autism Spectrum 

     Disorders.” Neuroscience & Biobehavioral Reviews 36, no. 2 (February 

     2012): 901–42.

(6) Supekar, Kaustubh, Lucina Q. Uddin, Amirah Khouzam, Jennifer Phillips, 

     William D. Gaillard, Lauren E. Kenworthy, Benjamin E. Yerys, Chandan J. 

     Vaidya, and Vinod Menon. “Brain Hyperconnectivity in Children with 

     Autism and Its Links to Social Deficits.” Cell Reports 5, no. 3 (November 

     2013): 738–47.

(7) Belyk, Michel, Shelly Jo Kraft, and Steven Brown. “Stuttering as a Trait or 

     State - an ALE Meta-Analysis of Neuroimaging Studies.” European Journal 

     of Neuroscience 41, no. 2 (January 2015): 275–84. 

(8) Etchell, Andrew C., Oren Civier, Kirrie J. Ballard, and Paul F. Sowman. “A 

     Systematic Literature Review of Neuroimaging Research on 

     Developmental Stuttering between 1995 and 2016.” Journal of Fluency 

     Disorders 55 (March 2018): 6–45. 

(9) Walsh, B., F. Tian, J. A. Tourville, M. A. Yücel, T. Kuczek, and A. J. Bostian. 

     “Hemodynamics of Speech Production: An FNIRS Investigation of 

      Children Who Stutter.” Scientific Reports 7, no. 1 (June 22, 2017): 4034. (10) Chow, Ho Ming, and Soo-Eun Chang. “White Matter Developmental 

       Trajectories Associated with Persistence and Recovery of Childhood 

       Stuttering.” Human Brain Mapping 38, no. 7 (July 1, 2017): 3345–59.