ことばブログ

吃音を中心に、「ことば」について心理言語学や認知神経科学の立場からいろいろなことを考えています。

最近の吃音界隈に思うこと -「科学的」とは -

最近SNSを見ていると吃音の「原因」や「治療」について色々な人が色々な考え・意見を言っているのをよく見る。もちろん「正解」が明らかになっていない以上はどれも否定することはできないが、吃音の研究をしている立場からして色々と思うことはある。特にそういった情報を鵜呑みにしている当事者の方が少なくなく、外来やオンライン相談で戸惑うことが結構ある。そんなわけで定期的に「原因」や「治療」について記事にまとめていくことにしようと思う。活字にするのは自身の頭の中を整理するのにもちょうどいいかなあと。

 

そんなわけで今日は記念すべき第一回目。テーマは「科学的」とは何か。加えて研究や治療についても概観していけたらなあと。

noteに公開しようと思ったのだが、noteはアカウントがある人しかコメントができないようなので、当面このシリーズはこっちで公開する予定。 以下本題。

 

 

 

-「科学的」とは何か - 

「科学的に正しい」「科学的に実証されている」など、「科学的に○○」という文言を目にする機会は少なくない。吃音の原因論や治療についても「科学」の範疇にあるわけで、その理論や知見は科学的でなければならない。

ではそもそも「科学的」とは何か、そしてなぜ「科学的」でなければならないのか。

 

「科学的」とは“客観性”“再現性”があることがマストであると思う。ある実験をしてそこから得られたデータを解釈する際に、「こういう結果になって欲しい」「こうなるはずだ」といういわゆるバイアスがあると、“客観性”は損なわれてしまう。また、同じ手続きで同じ実験を第三者が行った場合にも同じ結果が得られなければ“再現性”があるとは言えない。客観性については論文として世に公表する際に『査読』というプロセスを経ることである程度は担保される(はず)が、全ての研究について第三者が同じ実験を行うことは非現実的なので、再現性にいては厳密には難しいところがある。ただ、この“再現性”があることが「科学的」であることとほぼ同意であろう。数年前にST○P細胞のスキャンダルがあったが、あれは実験の結果に再現性がなかったことが原因。

 

 

 

- 治療効果の実証:無作為比較試験 -

これを吃音の原因論や治療に当てはめて考えてみる。

最近よくSNS上で「吃音は治る」「吃音の原因はこれだ」「吃音はこうすれば良くなる」といった書き込みを目にする。もちろん本当に吃音を治した人もいるだろうし、全てを否定するつもりはない。

しかし1つ言えることは、これらは「科学的」ではないということ。つまり「たまたま」である可能性を拭えないということである。例えば吃音の治療について言えば、もし吃音を治す方法を科学的に実証しようとすると、少なくとも「無作為比較試験」をしなければならない。

 

「無作為比較試験」とは対象者をランダムに2つのグループに分け、一方には評価しようとしている治療を行い(介入群)、もう片方には介入群と異なる治療(従来から行われている治療など)を行い、比較をすることである。しかもこの対象者は様々な条件について統制を取らなければならない。基本的なもので言えば年齢・性別・利き手などの条件である。吃音に関して言えば重症度や発症年齢、治療歴の有無など、かなり細かいところまで統制する必要があるだろう。いずれ紹介する幼児期の介入法であるLidcombe Programは、この無作為比較試験により治療効果が示されていることから多くの国で用いられるようになってきており、日本でも広がり始めている。 ちなみに現在日本ではLidcombe Programと従来行われてきた環境調整法の効果について、この無作為比較試験が行われている。

 

 

 

-吃音治療は「科学的」にどうなの? -

少しややこしくなってきたので話を戻すと、少なくとも医師や言語聴覚士などの専門家は科学的に実証されたことに基づいて支援を行う義務があり、特に成人期の吃音については完治させることができる方法が科学的に実証されていない以上、「吃音は治る」と言うことができない。学会などでは様々な手法により吃音が「治癒」したと言う報告も見られるが、これはあくまでもケースレポートであり、いわゆる「エビデンス」のレベルとしては低い。なぜならこのような報告は数名の対象者に限られたものであり、その方法が本当に有効であると証明するには数十人、いや数百人規模で同等の効果が示されなければならないだろう。残念ながら学齢期以降の吃音については「科学的」に効果が示されたエビデンスレベルの高い治療法は存在しない。しかし、“流暢性形成法”や“認知行動療法”についてはケースレポートが多く蓄積され始めていることから、多くの臨床家が実践している。ただ当事者の方に理解していただきたいのは、いずれの方法も「治る」ことが科学的に示されたものではないということ。少なくとも私は臨床においてそのことを十分に説明した上でこれらの手技を実施している。

 

ではなぜ科学的に実証された治療法が未だに確立されないのか。1つは原因が明らかでないこと、そしてもう1つはあくまでも個人的な見解だが、吃音にもサブタイプが存在することがその理由として考えられる。

従来様々な原因論が提唱されてきたが、今のところ統一した見解は得られていない。「科学的=論理的」でなければならず、吃音の発生機序が明らかにならないと、治療法を確立することはできない。つまり、科学的・論理的な治療理論というのは『吃音はXが原因で生じる。そこでAという方法を用いれば〇〇となるので吃音が治る』という説明ができなければならない。これは軽減を目的に行われている流暢性形成法や認知行動療法などにも言えることだが、正直なところこれらの治療法は根拠に弱いところがあると感じている。今学齢期以降の吃音に対して行われているアプローチは対症療法に近いのではないだろうか... 臨床上一定の効果があるのだから何もやらないよりはやった方がいい、というのもわかるが、医師や言語聴覚士は常に科学的なマインドを持って、「なぜ効くのか」を科学的に実証することに努めなければならないと思う。ちなみにこれはすごく個人的な意見だが、このマインドは吃音だけでなくどの領域の言語聴覚士にも必要なものだと思うのだが、残念ながら圧倒的に不足している気がする。

 

 

 

- 吃音の原因究明の現状 -

ところで先ほど吃音の原因は分かっていないと述べたが、何も分かっていないわけではない。多くの研究者たちの間である程度共通認識として得られているのは、吃音は後天的なものではなく、神経基盤の問題による先天的なものであろうということである。つまり脳に問題があるということだ。更に言えば吃音の発症要因は遺伝子のレベルにあるということ。脳の構造や機能を可視化できるようになったのはここ50年弱であり、技術の進歩に伴い様々な新しい知見が得られるようになってきている。遺伝子についてはもっと最近の話だ。私は遺伝子については詳しくないので割愛するが、脳の構造や機能の異常については海外を中心に非常に多くの知見が得られてきている。機能についてはfMRIやfNIRS、構造についてはDTIなどにより吃音者と非吃音者を比較することで、吃音者の脳の特異性が明らかとなってきている。ではなぜ未だに原因がわからないのか?という疑問が生まれるだろうが、これには主に2つの理由がある。1つは研究間で結果にばらつきがあること、もう1つはその異常が吃音の原因なのか、それとも吃音による結果なのか、というところを明らかにできていないということである。

後者については脳研究について書くときに詳しく言及しようと思う。前者については、これも個人的な見解が含まれるが、前述した吃音のサブタイプが関係しているだろうと考えている。当然個人差の要因もあるだろう。例えば同じ吃音者でも“繰り返し”が多い人や、“ブロック”が多い人など症状のレベルでも様々なタイプがいるのは明らかである。従来の脳研究ではこの点が十分に検討されておらず、この要因が各研究の結果のばらつきに影響している可能性はある。技術的な困難さもあるが、おそらく今後この点を考慮した研究が進むにつれて、より詳細な吃音の発症メカニズムが明らかになるだろう。繰り返しになるが、脳研究についてはまた改めて詳しく書くのでしばしお待ちを。

 

初回から長文になってしまったが、毎回これくらいのボリュームでは書いていきたいと思う。

最後になるが1つ注意を。私はまだ言語聴覚士としてはもちろん研究者の駆け出しであり、自身が誤解している部分や間違っている部分もあるかもしれない。

そういった場合にはぜひコメントをいただければと思う。

 

 

 

-まとめ -

・吃音に限らず、医学・医療は「科学的」でなければならない.

・科学的とは論理的内容であり、“客観性”と“再現性”が担保されていなければならない.

・吃音の原因や治療法については、科学的に実証されたものが少ない=治る!と断言できない.

・確実に治る方法はないが、ケースレポートレベルでは、改善報告は多数ある.

・治療法の確立には原因の解明が必須だが、技術的な問題も含め解決しなければならない課題はまだまだある.

・脳の異常についてはかなり統一的な見解が出始めている.

 

 

 

- Belyk, Michel, Shelly Jo Kraft, and Steven Brown. “Stuttering as a Trait or State - an ALE     

  Meta-Analysis of Neuroimaging Studies.” European Journal of Neuroscience 41, no. 2 

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- Etchell, Andrew C., Oren Civier, Kirrie J. Ballard, and Paul F. Sowman. “A Systematic 

  Literature Review of Neuroimaging Research on Developmental Stuttering between 1995 

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- Jones, Mark, Mark Onslow, Ann Packman, Shelley Williams, Tika Ormond, Ilsa Schwarz, and 

  Val Gebski. “Randomised Controlled Trial of the Lidcombe Programme of Early Stuttering 

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- Yairi, Ehud. “Subtyping Stuttering I: A Review.” Journal of Fluency Disorders 32, no. 3 

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