ことばブログ

吃音を中心に、「ことば」について心理言語学や認知神経科学の立場からいろいろなことを考えています。

吃音と脳の関係

書きたいことは沢山あるのに、ここ数日いろいろなことに追われていて記事をまとめられないでいる・・・。

近いうちにしっかりと書こうと思っている「吃音の原因」について、今日は「吃音のと脳の関係」という観点でざっくりと書こうと思う。

 

臨床を始めてからというものの、必ずと言っていいほど、特に吃音があるお子さんの親御さんから聞かれるのは「吃音は脳の問題なんですか?」ということ。細かくは次回にまわすとして、吃音を脳科学の観点で研究している立場として言えることは、“吃音と脳は密接に関係している”ということ。これは当たり前といえば当たり前で、「話す」「聞く」「読む」「書く」といった言語・発話の機能を司っているのは脳であり、吃音を考える上で吃音者の脳の働きについて考えないというわけにはいかない。

ただ、脳というのはとても複雑な構造・機能をしており、脳についてその全てのことがわかっているわけではないし、当然吃音と脳の関係についてもまだまだわかっていないことが多い。とはいっても様々な技術の発達のおかげで、脳の活動を捉えたり、脳の構造を様々な角度からみることができるようになってきている。では、どんなことがわかっているのか?それをごくごく簡単に書いていこうと思う。

 

 

【吃音者の脳の構造】

脳といってもその機能や構造により多くの領域にわけることができ、MRIを用いた脳画像研究では、その領域の容積や厚さ、また領域感を繋ぐ神経の束の密度などを観察する。吃音者と非吃音者の脳の構造を比較した研究は増えてきており、

①聴覚処理に関わる領域(側頭平面)の体積のアンバランスさが非吃音者と異なる(Foundas et al., 2001)

②言語に関わる脳領域間を繋ぐ神経の束の不良により、領域間の接続不全が生じている(Cai et al., 2014)

③ブローカ野(言語野の1つ)の皮質厚(厚さ)が非吃音者と比べ急速に減少する

(Beal et al, 2013)

などが示されている。

 

【吃音者の脳の機能】

脳機能イメージング)

吃音者の脳の機能が非吃音者と異なるという点についても、構造に関する研究と同様に非常に多くの研究がなされ、様々な知見が得られている。現在多くの研究で一致している見解としては

①吃音者では発話中に右半球が過度に活動している

②吃音者では発話中の聴覚野の活動が低下している

という2点が挙げられる。

吃音に限ったことではないが、脳機能イメージング(MRIやPETで脳活動をみること)研究の問題点として、1つの研究におけるサンプル数(吃音の研究で言えば協力している吃音者の数)が少ないという点がある。あまりにサンプルが少ないとどうしても個人の要因が強くなり「吃音者に共通した傾向」と主張することが難しくなるのだ。しかし、上記の2点については多くの脳機能イメージング研究の結果を統合して分析した研究(Belyk et al., 2015)において信頼性が高いと示されているものなので、多くの吃音者に共通するものと考えていいだろう。①については過活動を示す領域がより細かく示されており、「舌や喉頭といった発話に関わる器官の運動をコントロールする領域」「音韻処理(言語音の認識や産出の処理)を担う領域」などが挙げられている。

また、吃音者の脳機能イメージングは様々で、

・静かに何もしていない状態

・流暢に話せている状態

・症状が出ている状態

など計測する際の状態により捉えるものが変わってくる。

注意をしなければいけないのは、①や②のようなことが示されているからといって、それが吃音の原因であるとは言えない、という点だ。これはよく誤解されがちなのでが、脳機能イメージングが示しているのは、ある行動とある脳領域の活動の相関関係であり、因果関係を示している訳ではない。例えば、吃音者で症状が出ている時に非吃音者と比べて脳のA領域の活動が高く、B領域が低いということが示された場合、これは

1. Aの過活動が原因で、BはAの活動が過剰に上昇した分、減少した

2. Bの活動低下が原因で、AはBの活動が低すぎるので、それを補うために上昇した

3. A.Bの両方が吃音の原因である

という少なくとも3つの可能性があるということになる。

 

吃音と脳機能の因果関係を示すには脳刺激法を用いる必要があり(これが自分の研究テーマである)、今後研究が進むことで少しずつ明らかになっていくと予想される。

 

脳波研究)

吃音=発話の問題 と捉えがちだが、実は吃音者は発話以前の言語処理の段階においても吃音者と違いがある可能性が示されている。脳機能イメージングは何かをしているときの脳の血流の変化を見ることで、その行動と脳領域の活動との関係を見るものだが、これは数秒単位での変化しか捉えることができない。一方、人が何かを考えたり行ったりする際に脳を構成する神経細胞から生じる電気活動を頭皮上で記録する脳波では、数ミリ秒単位で脳の活動を捉えることができる。この脳波のうち特定の認知活動を行う際に生じることがわかっている成分を事象関連電位と呼ぶが、これを用いた研究では、吃音者は意味処理や統語処理(Fox et al., 2008)、また選択的注意(Verkasalo et al., 2014)のプロセスが非吃音者と異なる可能性が示されている。

※意味処理:ある単語・文を読んで/聞いて、それが正しい意味の文かどうかを理解する過程

※統語処理:ある文を読んで、それが文法的に正しいかどうか理解する過程

 

脳波研究で注目すべきは、吃音者において目に見える症状に直接関係する発話、以外の言語処理においても非吃音者との違いが示唆されているという点である。

 

脳に関することは自身の専門でもあるので時間をかけて推敲した上で記事にしたかったが、あえて今回はざっくりと書いてみた。その背景にはSNSやインターネットの普及により、その真偽が不確かなものまであたかも「絶対正しい」ものかのように蔓延してしまっていることに危険性を感じているからである。吃音は「呼吸の問題」「発声法の問題」「ストレスの感じやすさの問題」「幼少期のトラウマによるもの」などさまざまなことが世に出回っているが、未だ「絶対的なもの」は明らかになっていない。また、これらが吃音に関係あるとしても、その根本には発話・言語機能の中枢である脳に原因がある可能性が極めて高い、ということを改めて言いたい。何を信じて何を選ぶかは個人の問題であり自由だが、この記事を見てくださっている吃音の当事者・周囲の方は是非慎重になって頂けたらなと思う。

今後はもう少し細かく絞って、具体的な文献に沿って、いまわかっていること、示されていることを発信していこうと思う。

 

〜まとめ〜

・吃音者の脳は構造的・機能的に多くの点で非吃音者と異なる

・研究により示されていることは異なり、「絶対」といえることはまだ少ない

脳機能イメージングだけでは吃音と脳機能との因果関係はわからない

・発話より前の段階である言語処理(言いたいことを頭に思い浮かべる/文法的に正しい文を作る など)においても吃音者は非吃音者と異なる部分があるかもしれない

「呼吸法」「発声法」「ストレス」「不安」などは吃音に関係しているかもしれないし、これらになんらかのアプローチを行うことで吃音の軽減や改善に繋がる可能性もあるが、だからと言ってそれが吃音の原因とは言えない

・「吃音の原因」と言える何かを示すにはかなりの人数でそれを実証しなければいけない(数人、数十人では「たまたま」の域を越えられない)