ことばブログ

吃音を中心に、「ことば」について心理言語学や認知神経科学の立場からいろいろなことを考えています。

吃音臨床について思うこと。その1

またまた久しぶりになってしまった投稿。

 

非常勤のSTとして吃音臨床に取り組み始めて早半年以上、お陰様で少しずつ吃音外来の存在が認知され始めてきたのか、最近は就学前のお子さんからご年配の方まで、幅広い層の方がいらっしゃっている。臨床の経験は乏しく、「研究の糧になるなら」「STとしての経験を積むため」くらいの気持ちで始めた臨床のはずが、その難しさと奥深さに魅力を感じ始めている今日この頃。まだまだ経験は浅いけれど、これから病院に行ってみようかな?病院では何をしてくれるのかな?病院に行って意味はあるのかな?と思われている吃音当事者の方のためになればという思いで、いくつか吃音臨床について思うことなどを書いてみようと思う。

 

 

病院に行く(診察・訓練を受ける)に意味はあるのか

STとしてまず考えるべきこと、そして病院に来られる方がまず気にするであろうことはこれだろう。まず答えからいうとYESである。ただ、注意をしなければならないのは、「病院に行く=訓練で吃音が治る」ではない、という点だ。また、就学前後までのケースと、中学生以上のケースでは別次元で考える必要がある。しかし、共通してい言えることは、病院等で専門家の支援を受けることで、現状の困難を軽減することは可能、ということだ。いま自分がいる病院で何をしているか、少し紹介しようと思う。

 

お子さん向け(小学校低学年以下)

現在、私が臨床を行っている吃音外来に来られている方の7割以上が小学校低学年以下だ。当外来ではまず耳鼻科Dr.が初診、基本的にはSTによる直接的な介入は行わず、家庭等の言語環境の調整(いわゆる環境調整法)をメインに行っている。必要があれば保護者指導、また保護者の要望がある場合や、症状が顕著な場合、他の障害(主に構音障害)にはSTが言語訓練等の介入を行う。効果については今のところ、言語環境の調整でかなり改善がみられるケースが多い印象を受けている。また直接介入を行っているお子さんについては主に「発話のスピードコントロール」「タブレットを用いた遊戯療法」を行っているが、前者については評価時に明らかな発話速度の異常がみられたケースには一定の効果が示されており、後者についてはいわゆる行動療法として「楽な発話」の習得を目指すことで、流暢性の向上がみられている。私は研究を行う上で、吃音の主たる生起要因はモーターコントロールの異常だという立場なので、直接的な介入ではこの2つを軸にしている。この時期の場合はまだ言語発達の過程にあり、非流暢な発話方略の固定化を防ぎ、流暢な発話方略を習得してもらうことが介入の目的であると思う。就学前の吃音については完治が見込めるという報告が多く(どこまでが訓練効果であるかは定かではないが。。。。)、臨床をしていても手ごたえを感じている。
 

成人向け(中学生以上)

中学生以上の場合、うちの外来ではDr.による認知行動療法がメインに行われる。では言語療法は?というと、これはあくまでも①成功体験を得るための手段 ②特定場面の克服 という2つの意味合いでの役割を果たすに過ぎないというスタンスである。僕自身は養成校の学生時代に付属の病院で軟起声を中心とした訓練を受け、それなりに自身の発話をコントロールできるようになった。なのでこのスタンスにははじめかなり違和感を覚えたが、現実問題として自己紹介や人前での発表などここぞという場面で必ずスラスラ話せるかというと決してそういうわけではなく、吃音そのものの治療にはなっていなかったと今が感じている。だからと言って全く効果がないわけではなく、自己紹介や電話、苦手な固有名詞を克服したいといった具体的なニーズに対しては一定の効果が見込めるので、言語訓練には大きな意義があると思う。(Dr.には小手先のテクニックと揶揄されることもあるが。笑)
特に当外来では認知行動療法と併用することで、お互いの効果を高め合うことができていると感じている。
ただ、やはり結局のところ現行の方法では「完治」が見込める「治療」ではないため、吃音を脳科学言語学の視点から研究する身としては、なにか大幅な方向転換を含めた新たな治療理論とそのエビデンスの確立に努めたい。
 
長々と書いてしまったが、まとめると
①就学前後のお子さんは専門家の介入で大幅な改善が見込めるケースが多い
②成人の言語訓練で吃音が「完治」することはほぼないが、症状の軽減を含めた支援は可能であり、効果はある
ということ。
 
その2ではもう少し研究者よりの立場から吃音臨床について書いていこうと思います。